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日々の萌語りとSS
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プリズム5章(2)。(ちょっと長いです)いつもながらの身長差と餌付。





***



***




快晴のジャミールの太陽は澄んだ青い空高く輝いていた。
朝仕事と日課の訓練を一通り終えたムウは、さて今日は何をするかと考えながら修復机に向かって道具を並べ始める。昼食にはまだ早いし、その先の今日も長い午後をどう過ごそうか…

と、そのとき何かの気配を感じムウははっと顔をあげた。机から素早くたちあがると、カーテン越しに窓の外をうかがう。
ぼんやりと霧がかかっているかのように見える聖衣の墓場の細い道を背の高い姿が歩いてくるのが見えた。

「…」
ムウはくるりと窓に背を向け、ジャミールの館の重たい正面扉を睨んだ。この扉を開かないように何か細工をしようか――

だがそんなことをしても無駄なことは嫌という程思い知らされていた。サガは結局いつも自分の思う通りにする。
それに、とムウは思う。教皇の書斎での作業自体は決して厭なものではない。むしろ単調なジャミールの日々が続く中、良い気分転換になっていることをムウは心の中では認めていた。

その時扉が大きな音をたてて押しあけられ、いつものように挨拶の言葉もなくずかずかとサガが部屋に入ってきた。
「行くぞ。今日はあまり時間がない。もたもたするな」

「――こちらにも都合があるのですが」
むっとしたムウが不機嫌に言い返す。
用事がないことは百も承知だという表情でサガが薄く笑う。
「そんな都合など捨てておけ。どうせたいしたことでもあるまい。早くしろ。今日は時間がないと言っているであろう。お前と違って私は"本当に"色々都合があるのだからな」

自分が無聊をかこっていることを見抜かれている悔しさに、ムウはかすかに赤くなる。とっさに話をそらすように以前からの疑問を口にした。
「そんなにお忙しいのなら、なぜわざわざ聖衣の谷を渡って歩いて来るのですか?こちらから行く時と同じように、来る時もこの家とあの書斎の空間をつなげばいいだけのことなのに」

「書斎はアテナの結界に守られた聖域近くにある。そんな場所と他の空間を異次元でつなぐと歪みが生じる。歪み自体も問題だが、そんな歪みがいらぬ人目をひくことになっても面倒だからな。――まあ、そんな歪に気づくものがいるとしたら、まずは教皇である私なのだが」
「そうですか。流石、アテナのいない聖域の偽教皇様ですね」

サガの目が苛立ちを浮かべる。
「そんな減らず口はどうでもいい。とにかく早く行くぞ!」
そういうと強引にムウの腕をつかんでジャミールの館の扉を開く。
扉の向こうには、もうお馴染みになってきた薄暗い双児宮の列柱、そしてその先にアリエスの書斎の大きな扉が仄かに輝いて見えていた。







***


教皇の隠し書斎の机の上に広げて置いたインベントリーと棚の間をムウはもう何度も行き来していた。

――おかしい、どうしてみつからないのだろう。
何種類もの薬草や瓶などがはいっている箱がどうしてもみつからなかった。先程から何度確認しても、インベントリーに書かれたセクションには革装の本がずらりと並んでいるだけで箱らしきものはない。
ということは、書斎の棚ではなく保管庫に移されているのだろうか。物に溢れている保管庫から探すのはかなり大変だろう。あるいは、棚の一番上にある大きな保存箱の中にはいっているのかもしれない。

・・・サガに訊いてみようか。
ムウは自分の事務机に向かっているサガの方をちらりと見た。

書類を机の上に広げているが、サガの手は動いていなかった。かといって書類を読んでいる訳でもないようだ。表情から何も読み取れないのはいつものことだが、どこかいつもと違う。
事務机に置かれたカットグラスに活けられたオリーブの枝を見ているようにも見える…

そのときサガがムウの様子に気づいたのか顔をあげた。
「どうした?」
「あ、あの、みつからないものがあって、もしかすると棚の上にある箱の中に入っているかもしれないのですが、インベントリーにはそうは書いていなくて――」
「どれのことだ?」
サガは近づいてくると棚の前にいるムウの隣に立った。
「この保存箱か?」
そう言って棚の上の箱に手を伸ばしかけたサガは、ふと手をとめて隣にいるムウをちらっと見た。
「――手が届かないのか。お前、案外小さいのだな」

「!」
むっとしたムウは、サガを遮るようにサイコキネシスで箱をとらえる。
「別にあなたに取ってもらいたいわけではありません!」
古ぼけた厚紙の大きな保存箱がゆらゆら動きながら宙に浮かびあがりかけた。と、浮かんだ古い箱の底が膨らみ、中の重みで底が抜ける――!

あっと思った次の瞬間、ムウの肩ごしにサガが手を伸ばして大きな手で箱を支えた。
「変な意地をはるな」
そう言うと、サガは箱を両手で支えて慎重に床に置いた。
「……」
かすかに赤くなったムウはむっつり黙ったまま箱の蓋を開く。中には沢山の機械やガジェット、金属や木製の部品が入っていたが、一見して箱など入っていないのが分かった。

「探し物はありそうか?」
「――いえ、違いました」
「何を探しているのだ?見せてみろ」
ムウはインベントリーの該当箇所を指差した。
「これなのですが」
「…ああ、これは」
サガは先程からムウが何度も確認した棚に戻り、端から丁寧に目を走らせる。
やがてかがみこむと下の方の棚から一冊の本を抜き出した。
「これだ」
「え、これですか?」

驚くムウの前でサガは革装の本を開いて見せた。開かれた本の中は刳りぬかれており、中には小さな引き出しと薬瓶が埋め込まれている。
「こんなものがあるのですね!」

「判じ物のようだろう。『毒殺者のキャビネット』と呼ばれるものだ。17世紀ごろには盛んに作られていたようだ。知らないと確かに捜すのは難しいかもしれない。だが、インベントリーをよく読めばヒントはある。bound box of poison、と書いてあるであろう。装丁されているのだから、箱ではなくて本だとわかる」
「ああ、そういうことですか!」

「本に見せかけたこの手のキャビネットは暗殺のためによく携行された。聖域もまっ白とはいえないから、こういうものを使う事もあったのだろう」
興味深げにサガの手の本を覗きこんでいたムウは、引き出しに書かれた古い薬草の名前をひとつひとつ確認しながら、呟くように言った。

「…いえ、でも多分これは、毒というよりは特別な薬なのではないかと思います」
「?」
「この引き出しの薬草の種類と組み合わせから考えると、毒殺ではなく生かすためのもののように思われます。もちろん薬は毒でもあるのですが」
修復師でありジャミールに住むムウは薬草にも詳しい。引き出しに書かれた古い薬草名をいくつか指差すと、その効能を簡単に説明した。


「――そうか。この部屋の天井やタペストリーにも同じ薬草らしきモチーフが使われている。なるほど、シャルトリュ―ズの秘薬の例もある。シンボリズム的にも、毒薬というよりむしろエリクサーの類かもしれんな」
「エリクサー…」
「ああ。わざわざこの部屋に置いてあったと言う事は、教皇が長命であることと関連する可能性もある。専門のものに調べさせてみよう。面白いものを見つけ出したな」
そう言うとサガはムウの顔を見て小さく頷いた。

「・・・」
ムウは居心地悪げにサガに背を向けると、足元に置かれていた先程の保存箱の上にしゃがみこんだ。
(――私ではない、知識を持って見つけ出したのはサガだ。すぐにエリクサーと結びつけたのも)

そのままムウは箱の中のガジェットや部品をひとつひとつ確認しながら床に並べだした。そんなムウの頑なな背中をサガはしばらく見ていたが、やがてかすかに唇の端をひきあげ揶揄するように言った。
「棚の上のほかの箱も届かないだろう。とってやろうか?」

ムウの手がぴたりと止まる。
「いいえ、結構です!」




      
a poisoner’s cabinet
ttps://bookaddictionuk.wordpress.com/2014/11/16/a-book-of-poison-or-medieval-cures-book-of-the-week/










***


***



いつの間にか日はすっかり傾き、教皇の書斎も夕暮れ前の柔らかな気配に満たされていた。
あれからふたりは一言も口をきかず、それぞれの仕事に数時間に渡って没頭していた。窓から低く差しこむ光が、サガの机の上のオリーブ枝のグラスを抜けて書類の上に落ちる。サガは目をあげると、時計をチラリと見た。
「――よし、今日の作業はここまでにしよう。軽食を用意させてある。帰る前に簡単に食べていけ」

サガの声にムウは顔をあげた。
いつの間にどこで用意したのか、窓際の小さなワゴンの上には簡単な軽食と背の高い銀のコーヒーポットが置かれていた。
「お前、今日は昼前にここに来てから飲まず食わずであろう?」

サガがコーヒーをカップに注ぐと香ばしい芳香が部屋にただよった。素焼きのブレッドウオーマ―の上にはハムとフェタチーズの大きなパニーニサンド。いちじくとオレンジは緑のガラス皿に彩りよく盛られ、オリーブとチーズがのせられた銀の小皿もある。

サガと一緒に食事など厭だと思ったが、食べ物をみると育ち盛りのムウはたちまち自分がいかに空腹であるかを思いだした。
「・・・」
ムウは何も言わずサガが示した椅子に腰かけた。

命じて作らせたであろう軽食は1人前にしてはかなりの量があるが、二人分と考えると足りない。カップもグラスもひとつずつしかない。ムウがここにいることは知られていないのだから、一人前しか用意されていないのは当然のことだ。飲まず食わずはサガも同じだったが、サガは何も食べなかった。


言葉をかわすことなくあっという間に食べ終えると、ムウはサガと眼が合わないよう書斎の奥に体を少し向けた。オリーブ枝のカットグラスが今は低くなった陽光を受けてプリズムのように壁に虹を映し出している。

(きれいだな…)
コーヒー用の茶色い角砂糖をかじりながら、ムウは壁の上でゆらゆら踊る分光された虹を飽かずに眺める。そんなムウの横顔を、サガは言葉をかけることもなくコーヒーを静かに飲みがら見ていた。






第5章オリーブの葉冠(2)





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