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日々の萌語りとSS
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「プリズム」続き。黒はこじらせ続行中。



***

***


朝から予定されていた何件もの謁見の最後の一組がようやく終わった。正装した使節の一行は深々とお辞儀をして教皇宮を辞去する。が、一息つく間もなく文官たちがすぐに新たに届いた親書を手に現れた。
差し出された封をされた書類を手に取ると、教皇はマスクの奥から下がれと一言低い声で命じた。教皇のやり方をよく知っている者たちは、命令通りに素早く教皇宮の謁見の間から退出する。

天井が高くがらんとした謁見の間には教皇の他は誰もいなくなった。動く者の気配がない冷たい教皇宮は何かを案じて身を潜めているようだった。
しんと静まり返った中で教皇は椅子に腰かけ、暗号で書かれた短い報告文書に目を走らせた。最後まで目を通し終えると、表情を変えることなく手のひらの上にぽっと小さな火をともす。手の上で燃える炎に読み終えたばかりの報告書をくべると、特殊な紙に書かれた文書はあっという間に灰も残さず煙となって消えていった。

あの赤子の行方は依然として不明か――。アイオロスの射手座の聖衣も。

サガは重たく固い椅子の背に寄りかかると、教皇のマスクの奥で目を閉じた。


――アイオロスは幼い黄金聖闘士達を平等に可愛がっていたが、宮が隣であるシュラとは接する機会も多いからか、やはり何かと気にかけていたようだった。そんな幼いシュラが自分の前に立ちはだかったとしても、アイオロスには反撃など出来る筈もなかった。
そして案の定、アイオロスはシュラに討たれた。聖衣をまとうことすらしなかったと報告を受けている。
どこまでも高潔な奴というわけだ…

だがアイオロスは、自分が討たれることは許してもアテナは命をかけて守った。まだ赤子であったアテナと射手座の黄金聖衣はそれ以来行方不明のままだ。

あちこち手を尽くして捜させてはいるが、黄金聖衣はともかく、理由を明らかにせず赤子の行方を捜させるのは難しい。主にその任にあたらせているのはキャンサーとピスケスだが、秘密裏の行動となるため捜索も中々思うようにはかどらない。

だが、まず間違いなく、あの赤子は、アテナはまだ生きているであろう――

サガは目を開くと今はもう文書の跡形もない手のひらを何かを確認するようにじっと見た。

…アテナ。
あの頃のまだ少年だった私はずっとアテナが聖域に現れるのを待っていた。アテナさえ光臨すれば私もカノンも救われるのだと、アテナは私達の置かれた立場と苦しみを、私のことを分かって下さる、そして救って下さるのだと信じていた。
しかし――


しかし結局シオンが後継者に選んだのはアイオロスだった。
仁智勇に優れた聖闘士の鏡・アイオロス。
シオンは私を教皇にふさわしくないと断じたのだ――

大きく仰々しいだけで座り心地の悪い教皇の椅子の上でサガはこぶしをぎゅっと握る。

――だが、どうだ。私はあれ以来完璧に教皇の任務をこなしている。誰も私とシオンが入れ替わったことに気づいてすらいない。
地上の平和は保たれ、各地で聖闘士候補生たちは順調に修業を続け、来るべき聖戦に向けて我が聖闘士軍の準備は着々と進んでいる。

こうして私が教皇の役割を何の問題もなく果たしていること自体、あの時のシオンの選択がいかに間違っていたかということの何よりの証明ではないか。
一体シオンは何を見ていたのだ!私には教皇の責務を果たすだけの十二分な実力がある。やはり私は教皇にふさわしかったのだ。

そしてあの無力な赤子のアテナはシオンの選択に何の影響も与えることはできなかった。節穴同然のシオンに指名されて選ばれたのは結局私ではなくアイオロスだった。

――あるいは。
マスクの奥深くに隠されたサガの赤い瞳の色がすうっと暗くなる。


あるいは、あれはアテナの意志だったのだろうか。アテナその人も、シオンと同じように、私は教皇にふさわしくないと――――



ガタン、と大きな音をたててサガは教皇の椅子から立ち上がった。

「――私は午後、ムウと書斎での作業をすすめようと思う」
誰もいない広い教皇宮にサガの声が響く。
「聞いているか?最近忙しくてあまり時間が取れず、すっかり作業が滞っている」
「……」

サガの声が苛立たちを増す。
「夜は近隣の村での慰問会だぞ。分かっていると思うが、そういう類はお前の担当だ」
サガの頭の片隅でかすかな光がまたたくような声のイメージが浮かんだ。
(――了解している)
「なんだ、聞いているのではないか!私はこれからムウのところへ行く。お前もたまには出てきたらどうだ?」
そう言葉にしながら、サガは自分の内でもう一人の自分の気配が再びどこか深くへ沈み込んでいくのを感じていた。いつもそうだ。ムウの名前を出した途端、「白」は識閾下に消えていく。

――最近はますますこの調子だ。
以前は「白」も私と同じくらい意識の表に出てきていたし、私の行動にあれこれ口をはさんでは邪魔ばかりしていた。
だが最近はほとんど意識の表には出てこなくなった。私があまりにも無茶をしようとすると流石に止めに出てくるが、それ以外は慰問など慈善に絡むようなことくらいしか、もう表に出ようとしない。
ましてや、ムウの前では何があろうと決して現れない。

かつては主導権を争うように互いを押しのけあっていたこともあった。だが「白」の意識はどんどん力を失っているようだ。
私がコントロールしているわけではない、「白」の意識自体が弱まっているのだ。もしかすると。このまま「白」は消えていくのかもしれない。
――カノンのように。

「白」は私とひとつの存在の裏表であり不可分な一体なのだと思っていた。だが、「白」の意識はこうして少しずつ弱まり、やがて消えていくのかもしれない。
分かち難い半身のような存在だと思っていたカノンが、私の前から消えていったように。


問答無用の力で勝者のオリーブの冠を奪い取り、地上の支配者としてこうして全てを手にいれても、結局満たされることはなかった。冷たく硬い教皇の椅子に座り続け、欲しいだけの服従を手に入れても、結局なにも変わらなかった――


サガは顔を昂然とあげた。
だが、私はこの地上を守ってみせる。
アテナもシオンも必要ない。聖闘士の頂点に立つ私がこの地上を守るのだ。




――たとえそのことに、何の意味も見出せなかったとしても。







(続)

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