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日々の萌語りとSS
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第4章終りです。ようやく序盤終了。





***


深夜。
サガは誰もいなくなった教皇の書斎に独り戻ると、ランプの灯りを点けた。仮面をかぶったままの姿で過ごした長い一日の終わり。
長椅子に座って教皇のマスクを外すと、疲れていたがムウが訳した古い文献の原稿を取り上げた。時を刻む箱時計の音がしんと静まり返った薄暗い無人の書斎に響いている。

――よく出来ている。この短期間によくここまで出来るようになったものだ。
サガの指がムウの書いた文字の上をたどる。
ムウは賢い。昔から賢い子供だった…

かつて、聖域を離れジャミールでひとり生活していたムウを育てたのはサガ自身だった。幼いムウがまだサガの真相を知らなかった頃。

ムウがもう子供でないのは分かっていたが(「大人」にしたのもサガ自身だ)、サガが思っていたより、ずっとムウは成長していた。
単に理解が早いだけでなく、全体を見通す洞察力がある。そして、サガの言葉を冷静にきちんと聞く力も。

サガは原稿の束を置くと、椅子に深く沈み込んで目を閉じた。
「サガ」の真相を知られて以来、ムウとの関係は最悪の一言だった。何を言っても返ってくるのは反抗と拒絶だけ。どれだけ恫喝しようと乱暴しようと、ムウは決してサガに屈することはなかった。

だが、驚いたことに今回ムウは、サガの言葉に冷静に耳を傾け、サガの意図するところを正確に理解し、指示通りの結果を出してくる。
それはサガにとって望外の状況だった。

修復師として、黄金聖闘士として、ムウがもっと聖域と聖戦について理解する必要があると思っていた。だからここでの仕事を与えた。だが、どうせまた反抗的な態度で、最後には暴力で言うことを聞かせる結果になるだろうと思っていた。

だが、そんなことは全くなかった。ムウは、やるべきことと私怨とを切り離してことに当たれる程、成長していた。

今のムウは、スターヒルの頃の自分の年齢と同じくらいなのか…

サガの唇ふとに自嘲するような笑みが浮かんだ。
あの頃の私の立場にムウがいたら、ムウはどうしただろうか。

アリエスのシオン。前聖戦以来、アテナのいない聖域に君臨する独裁者。そのカリスマで反対者を抑え込み、自分こそが聖域そのものであるかのように自分のやり方に異を唱えることを許さなかった。ムウにとってもシオンは厳しい師だった筈だ。
そのシオンは最後まで私を認めなかった――


サガは目を開けると、灯りを絞ったランプにぼんやり浮かぶ教皇の隠し書斎を見回す。
部屋のあちこちにあるアリエスの紋様。アリエスの前教皇の秘蔵っ子だったアリエスのムウ。まるで私にかけられた呪いのようなアリエス――

象牙色に緑と金の房がついたランプシェードは、灯りをつけると梳きこまれたアリエスの紋様をほんのり浮かびあがらせる。アリエス紋様の噴水のように開いたゆるやかなカーブが、ムウの髪の、大きな瞳のやわらかなカーブに重なる。

…チェックの終わった原稿を渡そうとムウの隣に立つと、拒否するように肩の線が固くなる。机の上の資料に注がれたままの視線。伏せられた白い瞼。長い睫毛がふっくらと豊かな頬に影を落としている。

冷たいジャミールの館で無理やり組み伏せたムウは、いつまでも激しく抗い続けていた。それなのに腕の中の身体は思いのほか熱く、拒むように固く閉じた睫毛は涙で濡れて、食いしばった赤い唇はにおい立つように鮮やかだった。

まだ子供だった頃のムウは私を見ると、いつも灯りがともったようにぱっと顔を輝かせて駆け寄ってきた。柔らかな髪を撫でてやると嬉しそうな笑顔になった…

誰も入ることのできない教皇の隠し書斎は、サガという自分に戻ることができる唯一といってよい場所だった。今まで誰も入れたことはないし、これからも入れるつもりはない。――アリエスのムウをのぞいて。

聖域にまつわる全てから逃れてここに来ているのに、結局ここは「アリエス」の書斎なのだ。ここではひとり仮面を脱いで、何物にも邪魔されることなく過ごせるはずなのに。最後にはいつもアリエスが私にまといついて離れない。

この部屋はアリエスの紋様が多すぎる――



サガは立ち上がると教皇のマスクを深くかぶり、アリエスの書斎から静かに出て行った。




第4章インベントリー(終)

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