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日々の萌語りとSS
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第4章(2)です。




***

書庫に入って行ったサガは、しばらくすると分厚い革装本を何冊か抱えて戻ってきた。
その中から特に古色蒼然とした本を取り上げるとムウの前に置く。
「これは16世紀半ばのこの書斎のインベントリー(資産目録)だ」
続いてその隣にもう少し新しそうに見える本を並べた。
「こちらは前聖戦後、18世紀終わりごろに聖域が再建された際のものだ。もっともこの書斎は聖戦の被害あっていないが。
お前はこのふたつをつきあわせながら、今、実際にここにあるものを確認して新たにインベントリーリストにしろ。やり方は教えてやる」
ムウは舞い上がる埃に軽く顔をしかめた。
「インベントリーチェックですか?何故そんなことを?」

「教皇の隠し書斎は基本的に教皇以外が入室することはない。だからインベントリーもろくに確認されていないままだ。だが、ここにあるものは聖域図書館の禁書収納庫にも置けないが、保存が必要と考えられたものばかりだ。
この部屋のものには全て意味があると言ったのを覚えているか?中には聖域にとって重要なのに埃をかぶったまま忘れられてしまっているものもあるだろう。だから次回の聖戦の前に、できるだけここにあるものを確認しておく必要がある」
そういうとサガはインベントリーの目次を開いて見せた。

「インベントリーは書斎と書庫兼保管庫のふたつに分かれ、各部屋ごとに所蔵品がアイテム別にリスト化されている。
例えばこの部屋だと、書籍および書類、家具とウッドワーク、テキスタイル、機械類云々…となっているな。
だが記載されたアイテムは元あった場所にあるとは限らない。16世紀に所蔵されていたものが、何らかの理由で18世紀には無くなっている場合もある。
その一方で、時を経るに従って新たに持ちこまれたものもある。戸棚や書庫の鍵は開けてあるから自由に見て良いが、探すのは少々厄介な場合もあるかもしれん」

「……」
ムウは目の前に置かれたインベントリーに興味深そうに身を乗り出した。そんなムウの様子にサガは小さく頷く。
「では、ためしにまず一点確認してみるか。
家具は点数が少ないから分かりやすいだろう。このリストにある“椅子”を確認してみろ。まず古いインベントリーと突き合わせるか、それとも先に現物を特定するか、どちらでも自分がやりやすい方で構わない」
「“椅子”ですね」

”家具”と太字でヘッダーに書かれたページには流麗な飾り文字でアイテムとそれぞれの説明がずらりと一覧になっていた。リストには椅子がいくつか載っている。そして書斎にも椅子がいくつかある。特定するには椅子の細かい説明を見ればいいのだが――

「……」
「どうした?」
「……”egg and dart”とはなんでしょうか。それから”palmette”は……」
椅子を意味する古い言葉や部分の一般的な名称は分かる。だがそれに続く細かい説明の大半はムウにとって全く意味をなさないものであった。

「――そうか。お前は聖域にいなかったから、こういうものも分からないのだな」
サガは大げさに溜息をつくと、書物机の前で使っていた椅子を運んできた。

「みてみろ、背もたれのこのボーダーがegg and dartだ。卵と矢だな。生命を象徴する意匠だ。そしてpalmetteはこのてっぺんにある手のひらのような葉のことだ。これは棕櫚から来ている。こちらはエジプトから使われている由緒正しい意匠だ。手のひらをpalmというが、それはパルメットと同じ語源だ。
――まったく、こんな意匠は聖域にいればそこら中にあふれている。あんな田舎に閉じこもるような勝手な真似をするから、物知らずになるのだ」
ムウの目が一瞬反抗的な色を帯びたが、唇をぎゅっと結ぶと椅子の細部に目を向ける。

「この椅子には18世紀後半の典型的な意匠がたくさん使われている。たとえばこの椅子の背のリボンとスワッグ布の彫刻や、動物、トロフィーと呼ばれる過去の武人のアイコンなどがそうだ。
修復師であり黄金聖闘士である以上、こういったことについても一通りの知識は必要だ」
「はい」
「こういう意匠が使われているということは、この椅子は比較的新しいものだと推測される。見てみろ、この椅子はそちらの16世紀の方のインベントリーには載っていないだろう」
ムウはもう1冊のインベントリーを開いて、手早く確認する。
「ありません」
「やはりな。これは18世紀半ば以後にここに持ち込まれた可能性が高いからな。ということは…」
サガは古いインベントリーの最後の方の補遺を開き、目を走らせる。
「…うん、ここに手書きで追加の記載がある。1785年に持ち込まれている。ということだ。分かったか」
「はい」
「それから、修復や修繕の有無もリストには書いておくように。特にこういう実用のものは、まず後世の手が入っている」
「はい」
「他にも気づいたこと、気になること、わからないことは書きとめておけ。だが、自分で調べて分かることは自分で調べるように。自分が聖域のことを何も知らない田舎者であることを自覚しろ」
「はい」

嫌味な言い方をしたつもりだったが、ムウは思いがけず素直に返事を返してきた。そのままノートを開くと言われたことを書きとめる。サガはそんなムウの横顔を見ていたが、やがて手元のインベントリーに目を落とした。

「――そうだな、機械類ならお前にもとっつきやすいだろう。今日のところはまずは機械類のインベントリーから確認してみろ。といっても決して簡単というわけにはいかないだろうが」
サガの言葉に、ムウの目はサガが開いて見せた「機械・小工作機・工具・その他」と書かれたページに吸い寄せられる。
(機械類のインベントリー、これは面白そうだ…)
聖衣の修復は神話の時代から受け継がれてきた技術の延長上にある。だから古い機械類やそこに使われている過去の技術はムウにとって非常に興味深い。

「細かいものも多い。確認に時間はかかるだろう。
まずはエントリーの全体に目を通して目星をつけてみろ。残りのインベントリーは書庫に入ってすぐ左側の棚にある。機械類はこの部屋と書庫の両方のあちこちに置かれているから、せいぜい探しまわることだな」
「はい」

残りのインベントリーを取りに行こうと、ムウはインベントリーを開いたまま机の隅に置き、席を立ちかけた。その時机が動いてインベントリーが滑り落ちた。
「あっ!」
慌てて手を出したムウと同時にサガも手を伸ばす。サガの大きな手が地面すれすれでムウの手ごとインベントリーを掴んだ。

「すみませ…」
目を挙げたムウは、思いがけず至近距離にいるサガに一瞬硬直する。視野全てが互いの姿になり、息遣いまでが感じられる距離。
次の瞬間、サガは片手でムウを抱き寄せると乱暴に口づけた。

ムウの目が驚いたように見開かれる。
ここのところサガは、以前のようにムウに会う時必ず乱暴するというわけではなかった。だからこんな接触は、実際久しぶりといえるものだった。
強引に唇を割って侵入した舌がムウの舌をとらえる。
「……っ!」
ムウはサガの胸に手をあて押しのけようとした。

だが、押しのけるまでもなくサガはムウから手を放すとすっと身を引いた。そのまま立ち上がるとインベントリーを机の上に丁寧に置く。
「――古い本だから、扱いには気をつけろ」
「…すみません」
ムウも動揺を見せまいと素早く立ちあがった。
「残りのインベントリーを取ってきます」
呟くようにそう言うと、サガの方を見ないように横をすり抜ける。

その後ろ姿にサガの声が投げかけられた。
「――ムウ、先程の椅子の話だが。
この椅子が18世紀以後のものであることはある意味当然だ」
振り向いたムウに、サガは先刻の椅子の背をムウの方に向け、その彫刻のひとつひとつを綺麗な指で押さえる。
「動物、リボン、武人のアイコン、たまご紋、スワッグ布。この装飾はどういう意味だ?」
「――え?」
サガがこの部屋で執務する時にいつも使っている椅子に意味――?

「この紋様はなんだ?さっき、メモをとっていたであろう」
「Animals, Ribbon, Icon, Egg and dart, Swag…ですか?」
「それをつなぐとどうなる?」
「A・R・I・・・――!!」
ムウははっと息をのんだ。

「わかるか。当然なのだ」
そういうとサガはぐるりと部屋に視線をめぐらせた。


「この部屋は今、アリエスの教皇の書斎なのだからな」









(続)

***





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