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日々の萌語りとSS
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この章はあと少し。






***
「ここは何故こういう風に訳したのだ?原文には何と書いてある?」

このところ何事もなく順調に教皇の書斎での作業は進んでいた。サガも比較的時間の融通がきくタイミングなのか、ほぼ連日のようにムウを迎えに来る。
だが進展してきた一方で、コデックスの翻訳は時代がくだるごとに意味が通らない部分が増えてきたのも事実だった。どうしてもおかしい部分は後回しにして翻訳作業を進めてきたが、今サガが目を通している訳も、今までの流れからはやはり筋が通らないものだった。

「――ああ、ここですか」
サガに問われたムウは、古い写本のページを開いて該当の原文を指差した。
「この部分です。実はその話をしようと思っていたのですが。
このコデックスそのものが原本ではなく写本ですよね。もしかすると転記した時にミスがあったのではないかと思ったのですが…」

ムウは机の上に置かれた何冊か重たい辞書や資料を開いてみせる。
「オリジナルは装飾写本だったと思われますが、それをテキスト写本にまとめた際に、装飾部分がテキストに見えたのではないでしょうか?」
「――その可能性もないとはいえないが、意味が全く反対になってしまうな」
「はい、ですが、ここの文字が入れ替わっていると考えれば単語の意味は逆になり、矛盾はなくなります」
「ふむ……」

サガは古い原文に幾度か目を走らせた。確かにムウの言うように考えた方が全体としての流れに無理がない。古文書では転記ミスはよくあることだ。
「――分かった。この年代の文書でこの単語を使うのは、確かに少し時代が早すぎるように思う。多分、お前の言うとおり転記ミスの可能性が高いだろう――ということは」
サガはうず高く積まれた古文書の山の中から数冊のコデックスを引き出した。
「これだな」

それはここしばらく二人が苦労した文書だった。どうしても意味が通らず、また時を改めて確認しようと一旦そのままに置いておいたものだった。
「それから、これとこれもその可能性があるというこどか」
サガは手早く何冊かのコデックスと文書フォルダーを書類の山から抜き出した。

「このあたりの文書以後の一連の資料がどうにも筋が通らなかったが、これ以後は転記ミスで意味が逆になっていたと考えればいろいろ辻褄があう。
書物が希少だった時代、一つの重要写本の転記ミスは同時代以後の多くの書物に影響を及ぼすことはよくあった。聖域所蔵の写本であれば権威ある底本として広く参照されたであろうことは、想像に難くない」

「ああ、そういうことだったんですね!」
瞳を輝かせて机の上の写本にかがみこむムウを横目で見ながらサガは思う。
しかしムウはよくこんな細かい部分に気がついたものだ。昔から注意深くて賢い子供だったが、相変わらず聡いのだ。

「この部分の解釈によって結論が大きく変わる。よく気づいたな」
隣で文書を覗き込んでいたムウは、サガの言葉に顔をあげた。
「はい、どうしても意味が通らなくて――それで――それで矛盾についてずっと考えていたんです。ずっと朝も夜も。けれどふと、もしかしたら反対の意味にとったら分るかもしれないと。それで、どの単語を反対の意味にとればそう読めるかと考えて、目星をつけて、転記ミスがありそうな部分を探して――」
矛盾。真逆。
矛盾と正反対のサガについてずっと考えていたときに思いついたことだとは、ムウは口にする気はなかった。

「そうか、よく思いついたな。私もずっと悩まされていた部分だ。何百年にも渡って聖域の誰も、教皇達すらも気づかなかったものをお手柄だ」
サガは関心したように頷いた。

「いえ、たまたまです。でも聖域の役に立てたのなら嬉しいです!」
ムウは頬を紅潮させ、ぱあっと誇らしげな笑顔になった。周りが明るくなるような輝く笑顔。

これは、私の成し遂げた成果だ。単なるお世辞でも上から目線のおだてでもない、ここで本当に自分が成し遂げた成果――


「――なんだ、可愛い顔で笑えるではないか」
一瞬眩しげに眼を細めてサガはムウを見る。
もうずっと見たことがないムウの明るい笑顔。
「その方がいい。お前はそんな風な顔をしている方がずっといい…」

サガはそのままついと手を伸ばすとムウをぐいっと抱き寄せた。ムウに抵抗する隙をあたえず、動きを封じるように強引に口づける。
「んっ…!」

久しぶりのキスだった。
深く入り込んできたサガの舌がムウの口腔内をまさぐる。それだけでムウの鼓動ははねあがり体中がかあっと熱くなる。ムウを抱きしめながら髪をまさぐるサガの手の熱に、ムウの背筋を震えるような快感が駆け上った。
「んん…」

音を立てながら貪るようにキスされている内にムウの腰のあたりに重たい熱が集まりだした。一方的に自分自身が形を変え始めるのを感じ始めたムウは、はっと真っ赤になるとサガを力いっぱい突き放した。疼く唇を手の甲で強くぬぐいながら乱暴に言う。

「――何故こんな文書を私に見せるのですか?ご自分のスタッフを使えばいいではないですか!」
「…これらは極秘文書だ。誰にでも見せて良いものではない」
「では何故私には見せるのですか?」
「この部屋に入れるのはお前だけだと言ったであろう。だからお前以外の者には見せることはない」
答になっていない答。
だが動揺したままのムウは、そんな矛盾に気づかないまま、首筋まで真っ赤になった顔をサガからそむけて言葉を続けた。

「そうですね、確かに他の人に頼むわけにはいかないでしょうね。だって今あなたが調べているのは、本来、正当な教皇なら知っていて当然のことなのでしょう?」
これは状況証拠からの皮肉だったが、痛いところをついたようだった。

「だから、こそこそと人目を忍んで調べているのですよね、化けの皮がはがれないように?
陰に隠れて自分の保身を図るとは、さすがシオン様の名を騙る卑怯者ですね。小さな羽虫にもいちいち怯え、些細なことにも私などの力を借りてご自身で対処せざるをえないとは!」

サガの身体からゆらりと怒りの気配が立ち上った。
はっとしたムウは唇をかむ。
「…まだ口のきき方が分かっていないようだな」
サガの声に激しい怒りがにじむ。
「……」
「それとも私を怒らせて、仕置きして欲しいということか?」

ムウは素早く身を翻して隠し書斎の入り口に走った。
音をたてて開いた扉の向こうは、だが、どこまでも続く双児宮の迷路が薄闇に溶けるように揺らいでいるだけだった。
立ちすくむムウの後ろに、サガがゆっくりと足音を響かせながら近づいてきた。


「お前はまだ自分の立場が分かっていないようだな――?」





(続)





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