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日々の萌語りとSS
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プリズム続き。





***




ジャミールの朝は早い。藍色の空が少しずつ東から明るくなっていく時間にムウはいつも通りぱちりと目を開けた。いつも通りの朝。身を切るような冷気の中、天窓から早起きの鳥たちの声が響く。
だがなにか強烈な違和感がある。
「!!??!」

同じベッドの中に、ムウの隣に、サガがいた。しかもムウの手はサガにつながれている。
あまりの驚きにムウは手をほどくことすら忘れ、一体何が起こったのかと必死で考える。

こんなことは今まで一度もなかった。黒いサガは何度もこの館に来たが、このように朝まで泊まっていくことなど初めてだ。乱暴されて翌朝目を覚ましたような時も、サガ自身はいつの間にか姿を消していた。
何かされたかとムウはもう片方の手であちこちを確認する。だが楽に眠れるよう襟元が緩められているだけで、着衣に乱れはなかった。
そもそもベッドに入った記憶すらない。私はサガが来たことに気づかなかったというのか?それほどまでに油断していたと?
――そう言えば、サガの夢を見たような気がする。
目をあけるとサガがすぐそこにいて、だから私は安心してまた眠りに落ちる、そんな夢だった。
私は孤独ではなくて、暖かくて、満たされ守られていた。
夢の中のサガは薄闇の中にいて髪の色も眼の色も分からなかった。ただ彼のまなざしはかつて幼い私が見上げていたものと同じように思えた。まだ何も知らなかった子供の私がサガと手をつないでここで一緒に眠っていたあの頃。
ムウはつながれている手をそっと抜いた。

そのまま静かに寝台から降り、隣の居間から外に出る。冷たく澄んだ朝の空気にぶるりと身をふるわせると、大きく深呼吸した。
もう薄明が始まっており、空の色は東からどんどん明るい群青に変わり始めていた。木桶を手に井戸へ向かうと、新鮮な朝露が足を濡らした。

――昨夜は確か作業をしていたのだ。その後、寝支度をした記憶はない。だがランプも暖炉もきちんと始末してあった。多分、夜遅くにサガが来たのだろう。そして何もせずに私をベッドに寝かせた。
サガが何故ここに来たのかはわからないし、考えても仕方ない。どうせ彼は自分のしたいようにするのだから。だが、私は何故サガの気配に目覚めなかったのだろう。聖闘士としてそんなことは考えられない。

早起きの鳥や虫たちの立てる音が一段と騒がしくなってきた。また新しい一日が始まるのだ。ムウは水を汲む手を止め、登り始めた太陽を受けて東雲色に輝き始めた空をみあげた。

この山々のはるか向こうには聖域がある。そして、そここそが私の本当の居場所であり、守るべき宮がある場所なのだ。

毎朝、そう考えないではいられなかった。

私はいつまでここにこうしているのだろう。
ジャミールを離れようとすると間違いなくサガに邪魔される。同僚たちに自由にコンタクトをとることもできない。私には行動の自由はないのだと、今迄何度もサガに思い知らされてきた。
だが今の自分はもうかつての子供ではない。今の自分の力なら、サガを出し抜くことも決して不可能ではないだろう。勿論大きな犠牲を払うことにはなるだろうが。
だが、自分はここにひとりとどまり続ける。

それは、それが老師の指示だからだ。
サガの正体を知ってから、サガによって聖域のメンバー達との接触を一切断たれた。直接会うことも、連絡をとることもできない。
だが、必死の試みの末、老師とはサガの厳重な監視の眼を盗んでなんとか一度だけ連絡を取ることができた。しかし何重にもスクランブルのかかった老師の指示は単純で、だた「時を待て」というだけのものだった。

「時を待て」
それではいずれ「時」が来ると、老師は待っておられるのだ。それまでここで雌伏し、備えよと。それが老師の考えならば私は老師に従おう。

ふっとムウは唇をゆるめた。
「時を待て」とは、シオン様と同じような言い方だ。あの方達には歴史と信頼の上に築かれてきたあの方達のやり方がある。短いお言葉にも深い考えと経験の裏打ちがあるのだ。若輩ではあるが、私も老師やシオン様のお言葉の真意を理解するよう努めなくては。

だが、それでは私はなぜ今回サガの求めに応じて隠し部屋に行くのか。

今まで何度もあったサガからの聖域への呼び出しには決して応じなかった。その呼び出しは必要な要請ではなく、サガからの明らかな示威行為だと分かっていたからだ。
命じて、従わせる。力づくで、屈服させる。そしてどちらが強いか上下関係を思い知らせようとする。それがサガが私にしようとしていることなのだ。

そう、そうなのだ。
ずっとそう思ってきた…

空に薄く広がるうろこ雲は明るいばら色に変わり、次第に赤く燃え上がる。遠くの山々は広がる雲海に沈み、ジャミールは天空に浮かんでいるようだった。ムウは登る太陽を真正面から受けてまぶしさに目を細める。


今回サガはムウを呼びだすと、まるで当然のように色々仕事を言いつけた。そのどれもが面倒で複雑なものだったが、ムウはなんとか要求をこなしてきた。そしてそれはムウにとって秘かに楽しみな時間となっていた。
サガに要求される課題を一つ仕上げる度、自分に力がついたのが分かる。そして聖域の歴史に貢献しているのだと言う自負で晴れがましい気持ちになる。それはジャミールで独りこつこつと修復や鍛錬に励んでいる時には得られない充実感だった。

インベントリーチェックについても同様だった。
ジャミールで欝屈としていたムウにとって、聖域の資料整理は刺激に満ちた経験だった。
聖域を長く離れているムウは、聖域のことをよく知らない。しかし聖域に関する資料に触れている内に、ムウは自然に聖域についての様々なことを理解し吸収していった。

…確かに今の私はサガに言われるままにサガの部屋へ行き彼の手伝いのようなことをしている。だがサガが私に何を望んでいるにせよ、大して役に立っていないことだけはわかっている。この間は子供をおだてるように褒められたが、あんなことには何の意味もない。悔しいが私はまだまだ未熟なのだ。
だが、私はこの機会を利用してより一層の実力をつける。ひいてはそれが聖域に貢献することになるのであればなおさらだ。

だから私はサガの隠し部屋への呼び出しに応じているのだ。その意味では不快だがサガに礼を言わなければならないのかもしれない。
作業を通じて自分が少しずつ成長し聖域に役立っている実感があることが嬉しい。
そう、それだけのことなのだ――



(続)
***

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