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日々の萌語りとSS
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プリズム続きです。







***


サガが身じろぎし瞼を開いた。
見慣れない光景に瞬時に目を周囲に走らせるが、すぐに思考ははっきりする。いつの間にか眠っていたようだった。
天窓から見える空の色は朝焼けの色に変わり始めている。ここしばらくなかった深く安らかな眠りに身体が軽い。
傍らにはもうムウはいなかったが毛布にはまだ温もりが残っていた。ムウが起きてからまだそう時間はたっていないようだ。サガは起き上がると寝室を出た。


居間の窓や正面扉は開け放たれており、新鮮な冷たい空気が水流のように部屋に流れ込んできた。細胞の一つ一つが身を切るような冷たさに新しく生まれ変わっていくようだ。サガは夜露に濡れた戸口に立つと、眩しさに目をかすかに細めた。

ちょうど日が昇るところで、あたりは刻一刻と表情を変える茜色と金色に輝いていた。深い雲海から高くそびえる尖った山頂が登る太陽をとらえて燃えあがり、波打つ水面のように広がる絹積雲はしののめ色に染まる。
朝の始まりのジャミールの峰々は荘厳な音楽のようだった。ジャミールは孤独で厳しい場所だがとても美しい。


やがて今日初めての太陽光が山間を貫くように真っ直ぐに差し込んだ。真っ青な空に雪をたたえた山頂がくっきりと稜線を描く。
そのとき、朝日に向かってたたずむムウの後ろ姿に気がついた。山頂から吹き下ろす朝風に髪をなびかせながら、朝靄の中背筋をすらりとのばして立っている。
冷たく澄んだ空と聳える峰々に負けない鮮やかな輪郭。

――いつの間にか随分大きくなった。

全てを蹂躙し、何度も膝まづかせてやった筈なのに、決して屈しないなにかがある。どれほど汚しても涙を流させても、そんなことはムウを変えたりしなかった。
一人で立つ、ムウ。

(世界は美しい)

そのとき突然、あふれるようにサガの中に今まで感じたことのない思いが湧きあがった。怒りでも憎しみでもない新しい感情。
自分を拒否した世界への怒りと憎しみは結晶化して深い絶望に変わった。だがこうしてムウが早朝のジャミールで一人で立っている。ただそれだけのことがこんなにも鮮やかに感じられる。

サガはそのまま立ちすくんで、輝くジャミールの朝とムウを見ていた。そのとき、ふと気配を感じたようにムウが振り返った。
髪が朝日を受けて白い顔を縁取るように風に揺れている。長い睫毛の下のやわらかな緑の瞳がサガの姿をまっすぐに映す。目と目をあわせたまま、ムウは一瞬物言いたげに唇を開きかけた。

だが次の瞬間、ムウは目を伏せると何も言わず、戸口に立つサガの隣をすり抜けて家に入った。

無言で見守るサガと目をあわせないまま、ムウはしゃがみこんで暖炉を火かき棒でかき回し始めた。灰の奥にぽつんと小さな橙色の熾火が見える。傍らの薪箱の中から枯れた細い枝を幾本か取るとぱきっと折って火の上に投げ込んだ。ムウはサガの姿を見ても怒りのそぶりを見せなかったし、何故ここにいるかと問うこともなかった。

新しい細木を投げ込まれた火は、ぱちぱちと音を立てて少しずつ大きくなっていく。暖炉からふわりと暖かな空気がたちのぼった。燃える火の様子をじっとみつめるムウの何気ない風情には心をかきたてるなにかがあった。サガは衝動的にムウに手を伸ばそうとしたが、思い直したように机に置かれていたガジェットのひとつを無造作に取り上げた。

「――今日は久しぶりに作業の時間がとれる」
「……」
「迎えに来た。私と書斎に来い」

ムウは黙って立ち上がると、作業机をはさんでサガの反対側に立った。そのまま机に置かれたインベントリーをぱらぱらとめくると付箋がはさみこまれたページを示す。
「…インベントリーチェック、ここまでの分は終わりました。不確かな分はこちらに抜き出してあります」
そういうと傍らの紙の間から、綺麗に一覧にした表を取りだした。
サガに一覧表を渡しながら、ムウはサガの目を見ないように続ける。
「――あの、よくわからないところがあったのですが。多分、何か他のものの部品なのではないかと思うのですが・・・」
サガはムウの白い指が指す行を見る。
「ああ、ここか。そう、これはここに書かれている別の機械の一部のようなものだ。単体ではなんだかわからなかっただろう」
そういうとサガはガジェットを置くとインベントリーをめくり、数ページ前のエントリーを指した。
「見ろ、ここだ。さっきのエントリーはこの機械の付属品だな。だが、たしかそういう注をつけておいた筈だが」
サガの言葉にムウは素早くはさみこまれた注の薄紙に目を走らせる。
「――ああ、この注釈に書いてあるのはそういうことだったんですか。つまり、聖域流の略称なんですね。確かにそれならよく分かります」
そう言うとムウは一瞬ためらった。
サガが押さえているエントリーに目を注いだまま唇をきゅっとかむ。言うべきことは言わなくてはならない。

ムウはきっぱりと顔をあげると、サガの目を正面から見ながら一息に言った。
「――注があるおかげで、内容もよく分かり作業を効率的に進めることができます。――ありがとうございます」

なんとか礼の言葉を口にしたムウはそのまま目をそむける。サガはそんなムウに訝しげに目を細めたが、すぐにいつものようにそっけなく答えた。
「――お前は修復師だから、本来、教皇に次いで誰よりも聖域について詳しくあるべきなのだ。
聖域が何をどんな理由で大切にし、どのように聖闘士の存在は成り立っているか。これが分からねば、修復などできない。それを心得ておけ」
それだけを言うとサガはインベントリーを閉じた。

明るい朝の光が居間を明るく照らし出していた。机の上の工具やガジェットが朝の光に反射してキラキラと光る。サガの言葉にどう答えればいいのか分からないムウは、黙って眼を伏せていた。
そんなムウの様子にサガは少し焦れた声で命じるように言った。
「無駄にする時間はない。行くぞ」
「……」

いかに作業それ自体がムウにとって息苦しくも楽しみなものであったとしても、だがムウにはやはりこんな風にサガに命じられるままに行動することには抵抗があった。
暖炉の薪が音をたてて勢いよく燃えているのを見て、ムウは起きてからまだ何も口にしていないことを思い出す。

――まずお湯を沸かそう。そしてお茶を一杯飲んでから偽教皇の書斎へ行こう。
だがそれはあくまで自分の意思だ。修復師として黄金聖闘士としての自分に必要だから行くのであって、サガの意のままになっているわけではない。

ムウは顔をあげるときっぱりと言った。
「私は朝のお茶を飲みたいのでいれます」

そこまで言ったムウは次の言葉をためらった。
だが自分は自分の意思で行動している。礼儀を知るものとして単に言えばいいだけだ。
「.....あなたも飲みますか?」

この家でサガに何かをすすめたのは初めてだった。

だがムウの葛藤に気づいたのか気づかないのか、サガはしごくあっさりと答えた。
「ああ、ではお前と同じものを貰う。だが、朝食は向こうで作らせよう。こんな辺鄙な場所での決まり切った貧相な朝食よりも余程その方がいいであろう?ナッツとチキンのオムレツかティロピタはどうだ?旬の無花果と何か甘いものもつけてやろう」

健康なムウのお腹は小さな音をたてる。だがムウはサガの言葉の意味するところをちゃんと理解していた。どうせまたサガは一人分しか注文できないのだ。こそこそ隠れているサガに協力者の存在など明らかにできるはずもない。そして、サガは注文した朝食のほとんどをムウに食べさせるつもりなのだ。

「いえ、朝食はここでとっていきます。ツァンパとお茶と昨日のスープが厭なのであれば、あなたは聖域で何でも好きなものを注文して下さい!」
そういうとムウは棚に置かれた大きな素焼きテラコッタの水差しを机の上に置き、さっき汲んできた水を一息に注ぎ入れた。

「私に朝食をご馳走してくれるというのか?」
あっと思ったムウの顔を面白そうに眺めながら、サガはかすかに笑みを浮かべて言う。
「ご馳走するというか――そういうことでは――」
「ではありがたくいただこう」
「いえ、だから――」
話の流れでお茶どころかサガに食事まで提供することになりそうになったムウは、なみなみと水をたたえたピッチャーを勢いよく持ち上げた。

次の瞬間。
素焼きの水差しに突然小さな亀裂が走り、そこから水が噴き出したと同時にはじけるような音をたてて水差しは粉々に割れてしまった。

「ああっ!」
ムウの手にはまだ水差しの取っ手の欠片があるが、足元は割れた破片が散乱し、床面は水浸しだ。
「どうして――」
ムウは慌ててしゃがみこむと、破片を拾い始める。

「――目に見えない小さな傷が入っていたのだろう。こういう低温焼成の雑器にはよくあることだ。
怪我はないか?」
サガもそういうとムウの隣にしゃがんで破片を集め始めた。

「大丈夫です。でも、たった今まで普通に使っていたのに、急にこんな風に割れるなんて」
「ごく小さな傷でも限界を超えると一気にそこから壊れることはよくある――ムウ?」
サガは、ムウが一瞬小さく顔をしかめたのを見て、ムウの手首をつかんだ。白い指先には薄く赤い線が入り、そこからみるみる赤い滴が小さなビーズ玉のようにぽつぽつと滲みだしてくる。

「全くお前は、小さい頃から器用なくせに妙なところで無頓着だな。修復師なのだから気をつけろ!」
サガは大げさにため息をつくと、ムウが何かを言う前に切れた指先を口に含んだ。
「!!?」
突然サガに指をくわえられたムウは硬直する。
「?何を赤くなっている?」
サガは口を開くが、サガにしっかりとつかまれたムウの指はまだサガの唇の間だ。
「あ、赤くなどなっていません!もう大丈夫ですから、離して下さい!」
「何をいまさら。もっとよほど個人的な場所も私は知っている」
そういうとサガはムウの指の傷口を舌でそっと押さえた。

「――いい加減にしてください!!」
真っ赤になったムウは手を無理矢理ひきぬくと、箒を取りに部屋から小走りに出て行った。
「……」
サガはそんなムウの後ろ姿にかすかに唇を引き上げた。

あんなにしっかりしているのに、まだまだ子供なのだな。
聖衣を修復できる程器用で慎重なくせに、思いがけなく不器用だったり。まるで大人のようだと思うと案外子供だったり、負けん気が強いくせに甘い物には弱かったり、面白いやつだ。

箒と塵取りを持って戻ってきたムウはまだ頬を少し赤くしたまま、怒ったような顔で破片を掃き始めた。見事に粉々になった破片は部屋中に散らばっている。サガはもう一度しゃがみこむと、机の下に入りこんだ破片を拾い上げた。

――しかし確かにあの水差しには何も目立った傷などなかったのに、割れる時はあっけなく割れるものなのだな。
サガは指の間で破片を弄びながら思う。
柔らかな曲線の水差しだったなどとは信じられないような、鋭く尖った欠片。



壊れる時は、一瞬なのだ。傷などないように見えていても。
どれほど丁寧に作りあげられてきたものだとしても。



(続)




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