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日々の萌語りとSS
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すっかり今更なんですが、「プリズム」をようやく更新です。

もう何の話だったか分からなくなっていると思うんですが、こじらせ黒サガと黒を憎んでるムウ様の超仲悪いマイナススタートのラブラブ物語です。(ほんとに!?)

この夏~秋は非常に慌ただしかったのですが、ようやく少し落ち着いてきたので、未年のあいだに何とか書きあげたいです!









***


「今日はここまでだ」
サガの声にムウは顔をあげた。いつの間にか窓の外はすっかり日が落ちて、西の空に残照の気配がわずかに残るのみだった。
ここにいると時間があっという間に過ぎる。ムウは黙って立ち上がると机の上を片付け始めた。

今日でインベントリーのチェックがようやく一冊終った。用語や仕組みが分からない分時間がかかったが、少しずつだが言葉にも慣れてきた。きっと次はもっと要領よくできるだろう。

使っていた辞書や資料をもとの棚に戻すムウに、サガが後ろから声をかけた。
「私はしばらく忙しい。次に作業ができる時までにこれに目を通しておくか?」
「え?」
ムウは立ち止まってサガを振り返る。

「このところ、厄介な羽虫が飛び回っていて、そいつらを片付ける必要がある。その間ここでの作業は中断だ」
サガの手には先程サガの執務机にあった新たなインベントリーの一冊があった。
「また適当な時期にそちらに迎えに行く。それまでに中を見て予習しておけ」
「…」
ムウは差し出されたインベントリーをサガから受け取った。ずしりと重いインベントリーを支えるサガの指にムウの指が触れる。

「――適当な時期とは、いつ頃と考えていればいいですか?」
一瞬、二人の視線が空中で交差する。じっとムウを見つめる赤い瞳。

「さみしいのか?」
本を持つ指を重ねたまま、サガが唇の端をひきあげてからかうように言った。
「!まさか!」
ムウはインベントリーを奪い取るように抱えると、くるりとサガに背を向けて教皇の書斎の扉に向かった。
だがムウには教皇の書斎の扉を開くことはできない。ゆっくり近づいてきたサガは扉の前に立つムウの肩ごしに扉を押しあける。
「長くはない。1週間というところだろう。面倒だが私自身がことにあたる必要がある。迎えにいってやるまで大人しく待っていろ」

一言も返事をせずに、ムウは薄闇の向こううのジャミールの館に向かって双児宮の迷宮に足を踏み入れた。






***


ひとりジャミールの館に戻ったムウは、インベントリーを丁寧に机の上に置いた。
ジャミールはもうすっかり静かな夕闇に包まれ、窓の外には星空が広がっていた。机の上のオイルランプに手早く火を灯すと、暖かな光が静かな部屋を丸く照らしだす。どうせ今日はもう寝るだけだから、暖炉をたく必要はない。ムウはインベントリーを置いた机に向かって座った。

…今日もあっという間だった。ジャミールで独り修業している時は一日が長いが、教皇の書斎では作業に集中しているからだろう、本当に一日が早い。ムウは綺麗に磨かれたほやの中で揺れるランプの焔をぼんやりと眺める。

今日も長時間作業を続けたし、サガの側にいると神経は疲れる――だが、楽しかった。
あの軽食でお腹も十分満たされているから夕飯は何かつまむだけでいいだろう。昼前から何も食べていないのはサガも同じだったが、サガは私にばかり食べさせて自分はほとんど食べていなかった…

ムウは小さく息をつくと、手を伸ばしてインベントリーをひきよせた。

今回のインベントリーはムウが好きそうな機械やガジェットと細工のある家具や調度品の巻のようだった。数ページめくってみると各ページに薄紙に書かれた注釈がはさみこまれていることに気がついた。今まで見ていたインベントリーにはこんな注釈の紙は入っていなかった。ムウは素早く薄紙に目を走らせる。

古めかし飾り書体で書かれたリストは相変わらず謎の暗号のようだった。だが、今回は注釈の紙があるのでずっと楽に理解できる。注釈そのものもとても興味深い。
ただちょっと眺めてみるだけのつもりだったが、目を走らせた注釈の面白さにムウはそのままインベントリーを読み始めた。

インベントリーを見るのは本当に面白い。視野にただ映っているだけのもの一つ一つの存在の意味と由来が正しく理解でき、それによってやがてより大きな全体が見えてくる。
ジャミールでは想像したことすらない面白いものがこの世には沢山あるのだ。ましてや教皇の隠し書斎にあるものなど、普通は一生知ることなどないだろう。そこに書かれている様々なものの実物を見ることになるのだと思うと心が躍る。

その時、ふと各ページ毎に挟み込まれた注釈の薄紙の新しさに改めて気づいた。内容そのものに夢中になっていたため今までは意識に上らなかったが、インクの色も鮮やかなその注釈は新しく書かれたばかりのようだった。
「これは…」

それはサガが書いたものだった。一枚一枚の薄紙に書かれた整った文字は、まさしくサガのものだ。聖域のため、そして多分ムウのために、忙しいと言っていたサガが時間をさいて書いた注釈。
インベントリーを注意深く最後までぱらぱらとめくってみると、ほとんどのページに注釈の薄紙がはさみこまれていた。

インベントリーは商品や財産などの目録だ。だがインベントリーの意味はそれだけではない。
書斎での作業を通じてムウにはそのことがよく分かるようになっていた。

教皇の書斎にあるもの全て意味があるとしたら、それらが何故選ばれてあそこに置かれているか、それを考えることにより、聖域そのものの思想やあり方やルールを深く広く理解することができる。
どういう基準で選び、何を捨て、何を優先するか。何を持つかということは、その所有者の本質を如実に表しているからだ。

(…だが、そう考えるとこのインベントリーは、まさに機密そのものではないか。聖域の理念の具現化であり象徴である歴代の教皇。彼らが密かに伝えてきた教皇の隠し書斎に「何が」あるのか、それがここに書かれているのだから…)

ムウは顔をあげるとインベントリーを閉じた。灯り消しをランプの焔にかぶせるとジジッと小さな音がして灯りが消える。薄闇が落ちた部屋で机の上のインベントリーはぼやけた輪郭の黒い塊となった。

(こんな重要な文書を、サガを仇と思い定める私に持ち出させるなどとはとても正気とは思えない。サガは本当になんと愚かで思慮の浅い――。

――でなければ、よほど私をなめているのだ。このような機密を預けても何事も起こらないと油断しきっているのだろう。いかにもサガらしい人を馬鹿にしきった態度だ)
ムウは音をたてて立ち上がった。
(そう、サガは愚か極まりないか、私をどこまでも侮っているのだ――)


だが、居間の扉を後ろ手に閉めて寝室に向かうムウにはそのどちらも正しくないことが本当は分かっていた。






第5章オリーブの葉冠(終)

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