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日々の萌語りとSS
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黒サガムウ「プリズム」の続き・コデックス(4)を読んでみる方は折りたたみへ。






***


前回訪れた時はそこまで気づかなかったが、教皇の隠し書斎というのは実は一見した印象よりもかなり大きな部屋だった。
単なる書斎というよりも、保管庫も兼ねているようだ――
ムウは部屋の中ほどまで進むと、足を止めて部屋の中をきょろきょろと見回す。

表には出せないのであろう聖域の様々な資料や、教皇のみが知ることを許される秘密を隠した古文書。用途もわからない不思議な小型機械や古びた道具らしきもの。窓際には大きさも様々な沢山の砂時計が置かれ、正面戸棚の目立つ場所には12個のミニチュアの黄金聖衣箱がずらりと並んでいる。

それに、あのタペストリーの向こうには――
その向こうにある様々な道具のことを思い出したムウは、かすかに頬を上気させて不快げに視線をそらした。

「あのタペストリーを見ろ」
「……」
「どうした、何を考えている?私はタペストリーを見ろと言っただけだ。その向こう側にあるもののことは、今は考えなくてもいい」
「別に考えてなどいません!」
ムウはサガを睨みつける。

「まあいい、とにかく問題はタペストリーだ。あのタペストリーを見てどう思う?」
「……歴代教皇の紋が織られています」
「そんなことは一目瞭然だろう。他に何か思う事はないか?」
ムウは、もう一度じっとタペストリーを観察した。
「沢山の植物が」

「そうだな。ミルフルール紋様だ。タペストリーというのは中世ヨーロッパでも最も価値ある調度品だった。ヘンリー8世の軍艦一隻と一枚のタペストリーが同じ値段だったという記録もある。だから、当然ながらタペストリーのデザインはあらゆることを考えつくされたものとなる」
「…教会のステンドグラスのようにと言いたいのですね?」
「そうだ。全てにはメッセージがある。中世はシンボリズムの時代だ。全ての表象は言葉だ」
「ではこのタペストリーの語る言葉は何なのですか?」

サガはムウの質問には答えず、今度は植物紋とアリエスの紋章が描かれた格天井を見上げた。
「この部屋の装飾モチーフは以前言ったように基本的には全て代々継承されてきたものだ。その時々の教皇の星座が代わる度、星座の部分は描き変えられるが、それ以外の装飾は昔と変わらない」
「つまり、この部屋の装飾もメッセージだと言うのですね」
「そうだ。全ての意匠には意味がある。だが伝承の多くは長い年月の間で失われ、今となっては意味はおろか、それが何かのメッセージであることすら分からないものも多い。ここにある様々なもの全てには意味がある。そして、それらを解く手掛かりがこの書斎の資料の中にあるかもしれない。」

そう言うとサガは、書斎の端の羽目板壁の火時計の象嵌を押した。すると板張りの壁全体が音もなく静かに回転し、その向こうに薄暗い広がる空間には天井までびっしりと本や書類箱が入った書架が並んでいるのが見えた。
「そういう失われた秘密を取り戻すためには、この膨大な資料を整理する必要があるだろう」

教皇の書斎にはこんなからくり部屋のような書庫、――資料庫まであるのか…
極秘文書の書庫も兼ねているであろうその資料庫にはおびただしい書類やファイルや書籍があった。天井までの作りつけの書架にぎっしりと詰め込まれているそれら文献の多くはどれも古色を帯び、経てきた年代を感じさせる。

思いがけず大きな書庫にムウがみとれている間に、サガは書棚のガラス扉を開いて何冊もの分厚い本を取り出し、書斎の中央にある大きなテーブルの上にどさっと置いた。

「これはコイネーの辞書と関連分野の辞典だ。他にもこの書斎と書庫のものは自由に見て構わない。だが鍵がかかっているものには勝手に触れるな。私に言えば開けてやる。書庫に入るには壁のアリエスの象嵌を押して壁が回転させればよい。――今のこの部屋はアリエスの書斎だからな」

皮肉な口ぶりで最後の一言をつけ加えると、サガはコデックスや紙の束を抱えたままのムウの胸を指先でトンと押した。
「今日は私も少し書類仕事がある。お前はここで作業をしろ。十分なスペースはある筈だ」
そう言うとサガはムウに背を向け、部屋の一角にある薄高く書類が積まれた大ぶりの書物机に座った。

ムウはそのまま書類に向かうサガの姿を突っ立ったまま眺めていたが、はっと気づくとサガから出来るだけ離れた位置の椅子をテーブルからひきだす。
(サガと自分の関係がどうであろうと、聖域のためになすべきことは変わらない。これは聖域の助けとなるからことであり、なさねばならないことだ)

なるべくサガを見ないようにしながら、ムウは机の上に置かれた重たい辞書を手元にひきよせた。


(続)






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