日々の萌語りとSS
黒サガムウ「プリズム」の続き・コデックス(3)を読んでみる方は折りたたみへ。
第三章コデックス(3)
***
翌日。
翌日。
「どうだ、進捗状況は?」
机に向かっていたムウは、扉が開いた音と同時に投げかけられたサガの声に顔をあげた。
「……」
つかつかと近づいてきたサガの眼が机の上に散らばる何枚もの紙を鋭く見る。くしゃくしゃに丸められた反故紙や破られた罫入りの用紙。途中まで走り書きがある雑紙には、沢山の朱、訂正線、小さな字の書き込みが見える。
つかつかと近づいてきたサガの眼が机の上に散らばる何枚もの紙を鋭く見る。くしゃくしゃに丸められた反故紙や破られた罫入りの用紙。途中まで走り書きがある雑紙には、沢山の朱、訂正線、小さな字の書き込みが見える。
「――どうやら、何もすすんでいないようだな?」
サガは冷たく言った。
「それは――!だってここには資料はおろか、コイネーの辞書ひとつないんですから――」
「それは――!だってここには資料はおろか、コイネーの辞書ひとつないんですから――」
かすかに赤くなったムウは、机の上いっぱいに散らばった紙類をまとめ始めた。
「なんだ、昨日少しは読めると言っていたがあれはハッタリということか?」
「なんだ、昨日少しは読めると言っていたがあれはハッタリということか?」
「ずっとギリシャにいた生粋のギリシャ人のあなたと同じにしないで下さい!」
「自分の努力と能力が足りないだけであろう?」
ムウの返答に黒髪のサガの眉間に不機嫌そうな皺がよる。
「これ程役に立たんとはな」
「……すみません」
「……すみません」
ムウは一瞬口を開きかけたが、口を引き結ぶときっぱりとサガに頭を下げた。
そんなムウにサガはいぶかしむように眼を細くする。
そんなムウにサガはいぶかしむように眼を細くする。
「随分素直だな」
「――役に立たなかったのは事実ですから」
サガは腕を組むと、そのまま俯いたムウをじっと見た。
サガは腕を組むと、そのまま俯いたムウをじっと見た。
ムウの表情にも服装にもいつにない乱れと疲れの色が浮かんでいた。カップの底には乾いたお茶の痕。煤がついたランプの芯は随分短くなっている。
ムウは一晩中このコデックスに取り組んでいたのだろう――
サガは机の上からコデックスを取り上げるとよく響く声で言った。
ムウは一晩中このコデックスに取り組んでいたのだろう――
サガは机の上からコデックスを取り上げるとよく響く声で言った。
「――では、私の書斎に来い。あそこには辞書でも資料でも、必要なものは全てある。万一無いものは全て聖域図書館からすぐに取り寄せられる。作業にはもってこいであろう?」
サガの隠し書斎。先日の記憶が脳裏をよぎり、ムウの身体がぴくりと固くなる。
サガの隠し書斎。先日の記憶が脳裏をよぎり、ムウの身体がぴくりと固くなる。
その様子に、サガは嘲るように続けた。
「フ、怖いか?であろうな。だが自分より優れたものを恐れること自体は決して悪くない。あとはその恐れにどう向き合うかということだ」
サガの言葉に、ムウはキッと顔をあげる。
「恐れてなど!」
「考えてみろ。なにもあの部屋が特別だという訳ではない。たとえこの部屋だろうとどこであろうと、私が望めばいつでもお前を滅茶滅茶にしてやれるのだからな」
そういうとサガは威圧するように一歩ムウに近づいた。背の高いその姿から小宇宙が圧倒するように沸きあがっているのが感じられる。
「…!」
だがムウも怯むことなくサガを睨みあげた。
誰がむざむざとこの男の思い通りになどなるものか――!
だがその時。サガが手にしているコデックスがムウの目に入った。
だがその時。サガが手にしているコデックスがムウの目に入った。
一晩かけても何が書かれているのか読めなかった聖域の遺産。
(――違う、こんな不毛なことをサガと言い争っても何の意味もない)
(――違う、こんな不毛なことをサガと言い争っても何の意味もない)
ムウは言葉を飲み込むと、ひとつ大きく深呼吸する。
(――そう、修復と同じだ。重要なのはまず正しい角度から物事の本質をみること。そして感情に流されず、目的のために必要な行動をとること。そして今の問題はこの聖域の写本だ)
ムウは机の上に散らばった途中までの訳が書かれた紙類を荒っぽく拾い集め始めると、サガの顔を見ずに短く一言だけ言った。
ムウは机の上に散らばった途中までの訳が書かれた紙類を荒っぽく拾い集め始めると、サガの顔を見ずに短く一言だけ言った。
「行きます」
「――そう、それでいい」
「――そう、それでいい」
ムウの言葉にサガは満足そうに小さく微笑んだ。
(続く)
(続く)
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中羊受および双子・獅子・シベリア師弟などについての妄想が渦巻くコキュートスです。
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