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日々の萌語りとSS
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サガムウ同志のI様に声をかけていただいたサガムウ現パロの続きです。
前回は、貧乏学生様がアパート隣人のサガと一つのキャベツを半分こする話になったところまで。
ムウ様が可愛いというただそれだけを書きたい話で内容はないのですが、もしよろしければ折り畳みにお進みくださいませ。






「羊を数える」その3 エリートリーマンのサガと大学生ムウちゃんの現パロ サガ視点

***


三連休のなか日、午前中ジムで一汗流してきた私は洗濯機にウェアを入れ洗濯ボタンを押した。
(そろそろ昼時か、食事はどうするかな)
とはいえ外食が多い私の家には大した買い置きがない。果物の他にあるのはキャベツと葱くらいだ。

(…キャベツ)
昨日はムウの家の玄関先でキャベツを分けた。と言っても私がもらったのは八分の一くらいで、残りは束3本中2本の葱と共に彼に渡した。そもそも別にキャベツが欲しかったわけでもない。彼は終始礼儀正しく、何度も繰り返し礼を言っていた。もう少し話してみたかったが、恐縮するムウとはその場では世間話にはなりそうもなかった。

(洗濯が終わるまで昼食にでも出るか)
そう考えながら炭酸水のボトルを冷蔵庫に戻す。と、そのとき玄関のほうでコンコンコン、と控えめなノックの音がした。
「はい?」
カノンかな、ノックとは珍しいと思いながらドアを開ける。すると思いがけないことにそこに立っていたのは隣人のムウだった。

「あ、あの、こんにちは」
「…こんにちは」
あまりの意外さに言葉がすぐ出なかった。それを見たムウは慌てた様子で早口に言葉を継ぐ。
「昨日はキャベツをどうもありがとうございました。それに葱までいただいてしまって-――」
「あ、ああ、どういたしまして。どうせ使い切れないから、こちらも助かった」
「あの、それで昨日のキャベツでカレーを作ったのですが、もし良かったら…」
言われてみれば、ムウは小さな両手鍋を胸の前で抱えている。

「それはわざわざありがとう。かえって気を使わせて申し訳ない」
「いえ!別に特別なカレーでも何でもないんですが、お昼ご飯にでも」
ムウは湯気の上がる鍋を私に渡すとぺこりと頭を下げた。緊張しているのか耳がほんのり赤くなっている。
「――では」
ぺこりと一つ頭を下げてそのまま去ろうとするムウに、私は反射的に声をかけた。
「あ、もし昼食がまだだったら、良かったらうちで一緒にそのカレーを食べないか?」
ムウは驚いたように目を見張った。
「えっ、よろしいんですか?」
「ああ、もちろん。隣同士、気軽に仲良くできれば」
「! ありがとうございます。――ではお言葉に甘えて」
そう言うとムウははにかみながら嬉しそうににこっと笑った。どこかあどけなく見える笑顔。生真面目で落ち着いた印象が一瞬にして変わる。『可愛い』 またしてもこの単語が脳内で閃光のようにひらめいた。

家からサラダも持ってくるといったん出て行ったムウの後姿が視界から消えても、目の奥にムウの笑顔が焼きついたように消えなかった。


***

角部屋の私の家は隣のムウの家とは間取りも広さも違う。招き入れたムウは部屋を一目見て驚いたようにため息をついた。
「綺麗にされてるんですね。それにとても素敵です」
「ありがとう。でも男独りの気楽な住まいだから好き勝手にやっているよ」
「私のところはワンルームなんです。そうはいっても学生の私には十分に広いのですが」

実は私もこの部屋はかなり気に入っている。そもそも建物自体が建築好きの間では有名な近代建築の洋館だ。あちこちに凝った意匠が残っている。
角部屋であることを生かした日当たりの良い大きな居間。窓の上部には幾何学模様の小さなステンドグラスが入っている。居間には違い棚のある6畳の和室が続いており、その他に小さな洋室がふたつある。(ひとつは寝室兼書庫、もうひとつはカノンが持ち込んだ雑多な私物でカノンの巣のようになっている)

手伝おうとするムウを手で制して椅子に座らせると、私は手早くプレースマットやカップを並べた。ご飯は炊いてなかったので、レンジで温めたパックの白米を皿に入れカレーをよそう。ムウの作ったカレーには沢山のキャベツとひらひらの薄い豚肉が入っていた。部屋から持ってきたサラダはマヨネーズで和えたスパゲッティサラダだ。サラダといえばカフェで食べる朝食の「無農薬野菜とグリルチキンのサラダプレート」みたいなものばかりの私にはとても新鮮だ。

まずサラダを一口、続いてカレーを口に運んだ。もぐもぐと咀嚼する私の顔をムウはじっと息をつめて見ている。
「…美味しい。カレーにキャベツを入れたものはあまり知らなかったが、美味しいものだな」
するとムウはホッとしたように笑顔になった。
「良かったです…!」
そして手を合わせて「いただきます」と言うと、自分もスプーンを取って嬉しそうにカレーを食べ始めた。
(『可愛い』。)もう何度目かわからないこの単語がまたしても脳内でフラッシュする。

食事をしながら色々な話をした。
ムウは「サンクチュアリ財団」の奨学生としてここに引っ越してきたとのことだった。「サンクチュアリ」は巨大な国際的コングロマリットで、実は私の勤める会社も「サンクチュアリ」と深い関係がある。そしてこの建物はサンクチュアリ財団の持ち物であり、だから財団の奨学生は無償で住めるという話だった。
(なるほど、そういうことか)
この建物は風情を残して使い勝手よくリフォームがされており、立地もよいことから、とても人気が高く賃料も高い。私も入居まで3年待った。その割に学生のようにみえる住人がいると思っていたが、そういうことだったのか。
「20歳なのか。私と8歳違いだな。大学では何を?」
「美大で金属彫像と彫金を専攻しています」

ムウの話によると、財団から支給される生活費もバイト代も、その殆どを自由制作の材料費に使ってしまっているようだった。いわく、実際に本物の黄金や白銀や青銅を使わなくては上達しないそうだ。

「それで最近は正直食費にも事欠いているんですが、料理―-というかものを作ること全般が好きなので色々やりくりして食事を作るのもなかなか楽しいです。それにもともと僻地出身なので、何にせよ不自由なのは慣れているんです」
あっという間にカレーを平らげたムウはそう言って明るく笑った。きっと毎日が充実しているのだろう。苦労も苦労とも思わず、これと決めた道をひたむきに進んでいるようだった。

食後にコーヒーを煎れると、ムウはほんの一口すすって神妙な顔をした。なるほど、ブラックは飲めないのか。そこで貰いもののマドラーシュガーと牛乳を出してやると、カップいっぱい溢れんばかりに牛乳を足し、マドラーシュガーを浸しては齧っている。
これはかなりの甘党のようだ。家になにか甘いものはなかっただろうか。瓶詰の木の実と果実のオリーブオイルコンフィを開けてヨーグルトと共にデザート代わりに出してみた。ムウは目を輝かせると、「すごく美味しいです」と実に幸せそうに食べた。

休日の午後が穏やかに過ぎていく。
ムウと私は年も離れているし、全く違う世界の住人と言っても良いくらいなのに、なぜか話が尽きることはなかった。いくら話しても話足りず、気づけばいつの間にか時計は3時をまわっていた。
「あ…そろそろバイトに行かないと」
ムウは3本目のマドラーシュガーの残骸をソーサーに置くと、名残惜し気に立ち上がった。

「今日はどうもありがとうございました。こちらに来てからまだ誰も知り合いと言えるような人がいなかったので、誘っていただいてとても嬉しかったです」
「いや、こちらこそ楽しかった」
「ありがとうございます。私もとても楽しかったです」
「ああ……」
「……」
「……」
ムウは立ち上がったものの、まだもじもじと何か言いたげだ。何度か口を開きかけたが、うまく言葉が出ないようで時計をチラッと見ると「ああ、もう本当に行かないと」と残念そうに呟いた。

玄関まで送り、扉を開いてやる。
「今日は本当にありがとうございました…」
「こちらこそ、カレーとサラダをありがとう」
「……」
綺麗に洗った小鍋とサラダが入っていたタッパーを渡すと、頬をほんのり赤くしたムウが決心したように顔を上げた。
「あの!」
「え?」
「あの、あの、お忙しいとは思うのですが、私はまだここで食事を一緒に出来るような知人が誰もいなくて、それで――もし良かったらなんですが、またいつかご飯でも…ご一緒できれば……」
そのまま声は消え入るように小さくなった。

私は素早く頭の中で考えをめぐらす。今朝の経済新聞に入っていた広告。無農薬野菜などを詰め合わせた箱が毎週届く宅配サービス。

「――ムウ、実はうちには毎週野菜などの食品が届くんだ。あー、その、家族からなんだが。それで、いつも食べきれなくてダメにしてしまうから、もし良かったらムウも少し貰ってくれないか?」
「ご家族が農業をなさっているのですか?」
「え、ああ、まあそう…弟がちょっと真似ごとを」
カノン、悪いがたまにはお前にも兄の役に立ってもらうぞ。

「そうなんですか。それは、私はとても助かりますが、でもせっかくご家族が送ってくださるものを私がいただいてしまっては」
「いや、それは全然構わない」
「でも、私にはお返しできるものは何もありませんし、貰ってばかりではあまりに申し訳ないです」
「本当にそこは全く気にしなくて良いのだが--」
私はさりげなく言ってみる。

「――もし、ムウがどうしても気になるというのなら、それを使って週に一度で構わないから食事を作ってくれないか?」
「えっ?」
「私も外食続きだと疲れるから、家で食事をする日も欲しいんだ」
「私なんかの料理で良いのですか?」
「もちろん!」
ムウの顔がぱあっと明るくなった。
「それなら、是非そうさせてください。週に一度と言わずご希望なら何度でも!」


***

取りあえず、話をつめるために明日もまた会う約束をした。
連絡をするための電話番号やメールアドレスも交換した。
私は早速二人用の野菜ボックスの定期宅配をネットで注文する。甘いものも必要だろうから「旬の果物とデザートセット」というものも追加しておく。

『こうもり』序曲をいつもより大きな音でかけながら、明日はムウとどこへ行こうか、どう誘って連れ出そうかと、私はすっかり忘れていた洗濯物をたたみながら楽しく考えをめぐらせた。



(終わりまたは続く)



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