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日々の萌語りとSS
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リアムウ続き(その4)。
名前。










「こんばんは、アイオリア。渡したいものがあるので、伺いました」
ムウは慌てて腰を上げる俺の前で立ちどまると、微かな笑みを浮かべてそう言った。
細い月の光がなめらかな頬に柔らかい陰影を与え、夜風に髪がさらさらと揺れている。
星明かりの元、夜の獅子宮に立つムウの姿を見た時、俺はもうすっかり馴染みとなった心臓がぎゅっと握られるような感覚を覚える。

なんで俺はこんなにもこいつに弱いんだろう。
それなりしょっちゅう顔をあわせている筈なのに、ムウの姿を目にする度に、自分でもびっくりするほど心拍数があがる。


しかしムウはそんな俺の内心の動揺も知らず、相変わらず本音の見えない笑みを浮かべたまま俺に白い封筒を差し出した。
「はい、どうぞ」
「これは…」


見慣れたあのそっけない粗末な白い封筒。
慌てて封を開けると、そこにはやはり見慣れた誕生祝いのカードが入っていた。そしていつものあの言葉。
『アイオリアへ。私は元気です』


確かに今月は俺の誕生月だ。しかし何故ムウは今更このカードを?
「あ、ありがとう。だが――」
お前はもう聖域にいるのに何故?と続けようとした俺を遮るようにムウが言う。
「今年の春は聖戦後の混乱で、カードどころでは無かったですからね」


分ったような分らないような説明に、俺は封筒の中にカードをしまいながら長年の疑問を思いきって口にした。
「なあ、ムウ。お前はいつもこれを6月の初めごろに送ってくれたが、一体どういうことだったんだ?俺の誕生日でもなければ、お前の誕生日でもない。いつも同じ封筒とカードだったが、これは何かの謎かけだったのか?」
ずっと訊きたかった疑問。
 
「――ああ、そんなことですか。毎年、6月6日に届くよう出していたのですが、郵便事情があてにならないので多少のずれはあったでしょうね。でも大体その頃に着いていましたよね?」
ムウの答えは俺をますます混乱させた。


「6月6日?あれはバースデーカード…だよな?6月6日というのはなんなんだ?双子座、か?でも確かサガ達の誕生日ではないよな?」
「ええ、サガ達の誕生日ではありません。
でも、ジェミニの季節に届くように送っていたんです。絶対に検閲されると分っていましたから、ちょっとした嫌がらせに。アリエスはまだぴんぴんして、虎視眈々と隙を狙っているのですよ、と、思い出させてやろうかと」
「…」
「全部同じ封筒と同じカードというのは、村の雑貨屋で売っていたのがパック売りだけだったので。
単にそれをずっと使っていたということです」
「……」


拍子抜けとはまさにこのことだった。この手紙の謎がとければ俺とムウにハッピーエンドが訪れるなどと思っていた訳ではなかった。だが、やはり心のどこかでは何かを期待していたのは否定できなかった。俺は自分が内心激しく落胆したのを感じた。
そうか――それだけのことか。


あの頃の俺をずっと支えてくれた年ごとのカード。


だが、勝手に期待して勝手に落ち込むなどと言うのも、情けない話だ。
「分った。ありがとう」
気づかれないようひとつ深呼吸した俺は、顔をあげるとムウに微笑みかけた。
「俺は、お前の意図が何であれ、お前が毎年送ってくれたこのカードにいつも励まされてきた」


ムウは一瞬照れたように眼をそらせた。
「それは…どういたしまして」
「あの事件以来、誕生日にせよなんにせよ、俺に関して個人的に何かをしてくれたのは、長いことお前だけだったからな」
「そう…ですか」
「ああ、当時の俺は幼くて何も抵抗するすべを持たなかった。周りにしても厄介事には関わりたくなかっただろうから、俺は基本的に独りだった」
「…」
本当はそんな生易しい話では無かったが、ムウにそんな話をする気はさらさらなかった。


「だが俺は、本当の意味では孤独ではなかった。勿論、お前はジャミールにいると知っていたが、なんというか、俺はいつも――、つまりお前が…」
星空の下、ムウは次の言葉を待つかのようにかすかに首をかしげてじっと俺をみつめている。大きな翡翠の瞳に柔らかな光が揺れる。もの問いたげに、かすかに開かれた唇。


だめだ、このムウはまずい――!
俺の中に激しい衝動が湧き上がる。
すぐそこにいるムウに触れたい――抱きしめたいと言う衝動と、俺は必死で戦う。


「アイオリア?」
話の途中で突然黙ってしまったので、ムウは俺の名前を呼んだ。その5音節の言葉が、俺には泣きたくなるほど優しく聞こえる。


名前を呼ばれること。


当時は、あの事件について語ることは暗黙の禁忌とされていた。人は不吉を恐れるかのように、事件に関することを一切口にしない。
ただでさえ避けられていた俺だったが、兄と似た名前までもが忌避され、俺の名前を呼ぶ者は当時誰もいなかった。
「おい!」だの「あの」だのとしか声をかけられないは日々は、心を少しずつ削って行く。人は名前を呼ばれることによって、認められ、互いに向き合っていると感じられるということを、幼い俺は知った。


だが俺にはムウのカードがあった。「アイオリアへ。私は元気です」と、俺の名前がくっきりと書かれたカードが。
あのカードがジェミニへのいやがらせであろうとなんだろうと、この世界のどこかにムウがいて、俺の名前を書いている、それだけで俺は沢山の勇気を貰ったのだ--


「アイオリア??」
もう一度ムウが、今度ははっきり問いかけるように言った。
いかん、と、俺は気持ちを切り替える。
俺はムウに感謝し、ムウを大切に思っているのだから、今、目の前のムウにその感謝を言葉と態度で示すべきなのだ--!


「――だから、その…。ええと、何の話だったか――そうだ!先日は悪かった」
「…ああ」
「お前の気分を害してしまって申し訳なかった。謝る」
「…」
「とはいえ、正直あの勅の時お前が怒った理由がよく分からない。だから今後どのようなことに気をつけるべきか教えてくれないか?」
この言葉を口にしたと同時に、ムウの目がすうっと危険な感じに細められた。



(続く)
*拍手ありがとうございました。

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